政治を歌う入れ歯、あるいはフジロックは「反体制」か?

・ 「FUJI ROCK FESTIVAL '16」

 来月開催される「FUJI ROCK FESTIVAL '16」の内容が「反体制的」だと、ネット上で話題になっている。官邸前デモにて注目を浴びたSEALDsのメンバーである奥田愛基さんが、フジロック内でのイベント「アトミックカフェ」へと出演するとのことで議論が巻き起こったようである。アトミック・カフェ・フェスティバルは、映画『アトミック・カフェ』の上映運動に由来するフェスティバルで、日本で1984年に開始された。「音楽を通じて反核脱原発を訴えていく」がテーマのイベントで、1980年代には加藤登紀子浜田省吾、宇崎竜童、尾崎豊、ザ・ブルーハーツルースターズ、エコーズ、 BOØWYらが出演していた。1980年代の最後の開催は1987年であったが、2011年のフジロック・フェスティバルにて復活するという経緯のイベントだ。以下の記事では、奥田さんにかぎらず、ミュージシャンが政治的発言をすることの是非が問われているようだ。

 

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・入れ歯からやってきたウッドストック音楽祭

 

 無論、「ロックフェスというのはそもそも反体制的なものだ」と考えるのが、ここでとりあげられた「ネットの声」に対する常識的な反応のひとつであろう。しかし、現在でも「ロックは反体制的でありうるのか」と問われれば、われわれは容易に首を縦に振ることはできないのではないだろうか。

 そもそも「ロック」と「反体制」を結び付ける決定的な出来事は、ウッドストック音楽祭だろう。51万人近くが集ったといわれるウッドストック音楽祭は、1960年代アメリカのカウンターカルチャーを象徴する歴史的なイベントとして語り継がれている。

 ところで、「反体制」をうたうウッドストック音楽祭の資金源はどこからきていたのだろうか? このことに疑問に思ったことはないだろうか。「反体制」をうたうイベントであるからには、「大企業」に支援してもらうことは建前上不可能だからだ。結論から言えば、「政治の季節」を象徴する歴史的一大イベントは、「おじいちゃんの入れ歯」からきている。

 ウッドストック音楽祭を開催するための資金は、企画者のひとりであるジョン・ロバーツという若き富裕者が出したと言われている。しかし何故彼は若くしてそんなにも大金持ちになることができたのか? なんと彼は、あの入れ歯の「ポリデント」で大もうけした会社、Block Drugの創設者であったAlexander Blockの息子であり、21 歳の誕生日に40 万ドルの遺産を相続し、その後 3 回に分けて300 万ドルを受け取ることになっていたのだ。ウッドストック音楽祭はそのジョン・ロバーツの資金を元手にして開催されたのだ。あのジミ・ヘンドリックスの伝説的パフォーマンスや、激動の政治的興奮は、実は「ポリデント」に支えられていたといっても過言ではない。

 しかし、重要なのはここからである。ウッドストック音楽祭はアンダーグラウンドを通じた宣伝によって、ヒッピーのイベントとしての音楽祭を演出しようとしたことが知られている。ところでこの意図は、ウッドストック音楽祭の運営会社であるthe Woodstock Ventures創設者 4 名のうち、マイケ ル・ラングとアーサー・コーンフェルドの 2 人だけしか広報に現れたなかったことにもうかがえる。 彼ら 2 人はウッドストックと「体制との関係を見せたくない」という理由から、出資者の ジョン・ロバーツとジョエル・ローゼンマンの名を削除したのだった。ウッドストック音楽祭の「反体制性」というのは、このような意図的な経済的問題の隠蔽によって成り立っていたと言えるのだ。しかし、これは裏を返せば、当時の政治的状況から判断して、あえてそうしたからこそ、これほどの「政治的」効果を生んだとも言える。

 

スターバックス襲撃事件

 

 1999年、アメリカ西海岸の港町シアトルで開かれたWTO(世界貿易機関)の閣僚会議をめぐり、会議に反対するために10万人もの市民団体が集まり、デモ行進が暴動にまで発展したというニュースは、広く知られている。彼らの主張は、「貿易規制の撤廃が話し合われることになっているこの会議は、環境や労働者の権利の保護を損なうものだ」というものであったが、しかし、そのような問題の内実よりも、当時皆の目にとまったのは、この暴動がマクドナルドやスターバックスを「資本主義の権化」だと罵倒して、打ち壊している光景だった。

 

http://media.gettyimages.com/photos/protesters-break-and-trash-a-starbucks-coffee-shop-during-widespread-picture-id51534324

 

 もはやこの時、政治的闘争は完全に象徴的なレベルで行われているのは明らかだ。はっきり言えば、この時マクドナルドやスターバックスが「現実にどれだけの経済的搾取を行っているか」ということは彼らにとって問題ではなかった。スターバックスは「現実に行っている搾取」をとがめられて襲撃されたのではない。それが「資本主義」の「象徴」だったから襲撃されたのだ。

 したがって、スターバックスウッドストック音楽祭の経営者、ジョン・ロバーツから学ぶべきことは多い。今後スターバックスが襲撃されないためには、スターバックスは次のことを肝に銘じるべきだ。ジョン・ロバーツがおじいちゃんの入れ歯を反体制的にしたように、キャラメルフラペチーノを反体制的にせよ‼

 

サウスパークで考える

 

 コロラド州の小さな町サウスパークを舞台に主人公の少年4人が騒動を起こし巻き込まれるコメディ・アニメである『サウスパーク』(South Park)は、過激な描写や痛烈な社会風刺、ブラックジョーク、有名映画・ドラマのパロディが特徴として知られる。その『サウスパーク』のシーズン19で論じられたテーマのひとつは、大企業は今や「政治的な正しさ」に投資し、「リベラルなイメージ」から収益を上げているということであった。「ポリティカル・コレクトネスは言語的なジェントリフィケーションである」というセリフがよく象徴するように、「政治的問題」は企業のイメージアップのために骨抜きにされ、ファッション化される。「反体制性」は市場論理に合う形に漂白され、本来的な問題点は忘れ去られてしまうことが危惧されるのだ。

 このような「政治的正しさ」への投資の例としては、カナダ五大銀行のひとつであるTD Bankが、モントリオールでのゲイパレードのスポンサーになっている件や、ロレアルの#WorthSayingキャンペーン、Whole Foodsが運営する非営利団体Whole Planet Foundationの活動など枚挙に暇がない。無論これらの活動が「悪い」ということではないが、現代においては一見「政治的活動」に見える「経済活動」が多く存在しているということに、気を配っておく必要がある。もはや大企業は「資本主義」の「象徴」であることをやめ、「リベラル」な服装でストリートを歩く。現代を生きるわれわれは、「反体制的なキャラメルフラペチーノ」をいかに評価するか?という困難な問いの前に立たされているのだ。

 

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フジロックは「反体制的」か?

 

 さて、冒頭の問題へと戻ってきた。今われわれは、「反体制的」であると非難される「フジロック」が、本当には、「反体制的」であるか否か?という問いの前にいる。その答えはノーだ。少なくとも「出資者の ジョン・ロバーツとジョエル・ローゼンマンの名を削除した」ウッドストック音楽祭の基準から言えばノーなのだ。

 

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 「フジロック」のオフィシャルスポンサーには、ソニーをはじめとする多くの大企業が名を連ねている。ウッドストックに集まったヒッピーであれば「体制的」とブーイングするであろうこのような状況であっても、現代においては「反体制的」と言われてしまう。

 しかし、この時見逃してはならないのは、「フジロック」が「反体制的」になれるのは、それが企業の経済活動だからでもあるというジレンマだ。『サウスパーク』から再度引用するならば、「この世で生き残れるのは、広告のみである」。ロックは企業活動の外を歌うことができるのだろうか。「反体制的なロック」とは、現代において何を意味するのだろうか。