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DIE ANTWOORD と南アフリカ

1.Die Antwoordとはだれか? 

 ダイ・アントワード(Die Antwoord)は、南アフリカケープタウン出身のラップグループ。2008年結成。リードラッパーのNinja、サイドラッパーのYo-Landi Vi$$er、DJのDJ Hi-Tekの三人で構成されている。歌詞はコーサ語、アフリカーンス語、英語で歌われる。無料で公開されたデビュー作『$O$』が評価され、これをきっかけに2010年にガガやエミネムらを抱える米メジャー・レーベル、Interscope Recordsと契約。翌年にはInterscopeを離れて自主レーベル Zef Recordzを立ち上げた。

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 アフリカの貧困白人層から生まれたカウンター・カルチャー ‘Zef’ を代表する彼らの世界観は、ダークかつファンタジック。写真家ロジャー・バレン(1950、ニューヨーク生まれ)と共同で制作された「I Fink U Freeky」のミュージック・ビデオは、動画サイトYouTubeでの視聴回数が5千万回を突破し、メジャーな価値観や美意識を笑うかのような独特のセンスが大反響をよんだ。 エイフェックス・ツイン、レッドホットチリペッパーズ、マリリン・マンソン等の大物ミュージシャン、モデルのカーラ・デルヴィーニ、デザイナーのアレキサンダー・ワンなどとの共演でも話題を集める。また映画界にもデヴィッド・リンチデヴィッド・フィンチャーなど彼らに注目するものは多い。また『第9地区』で有名なニール・ブロムカンプが撮った『チャッピー』に、ダイ・アントワードは主演で出演している。

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 ‘Zef’とは、南アフリカの貧困白人層から生まれたカウンター・カルチャーであり、アフリカーンス語スラングである。この語は本来common(ありふれた)や uncool (イケてない)といった意味を持つが、そのような自分達を言及する際の用語として、‘Zef’は自己肯定的に使用される。Yo-Landiの言葉を借りれば、‘Zef’とは 「車を改造したり、金ピカとかクソみたいなものをぶらぶらさせてる人々のこと」で、「自分のスタイルがあるから、貧乏だけとファンシーだったりセクシーだったりするような人々のこと」だそうだ("It's associated with people who soup their cars up and rock gold and shit. Zef is, you're poor but you're fancy. You're poor but you're sexy, you've got style.")。

 ダイ・アントワードは、音楽シーンを成り上り、南アフリカから音楽シーンの地殻変動を起こしている。 

2.アーティスト・ユナイテッド・ アゲンスト・アパルトヘイト

 アメリカの音楽シーンにおいて南アフリカが注目を浴びたことはダイ・アントワードのヒット以前にもあった。獄中にあったネルソン・マンデラを支援する反アパルトヘイトで結集した音楽家たち(アーティスト・ユナイテッド・アゲンスト・アパルトヘイト)による『サンシティ』がそれである。

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 サンシティとは、1979年12月にオープンした南アフリカ共和国の北東部にある高級リゾート地の名称である。そこは、南アフリカ内外の白人富裕層が余暇を楽しむための場所であった。サンシティには欧米の一流ミュージシャンが来訪し、白人のために演奏し、高額のギャラを得ていた。一方、同じ南アフリカの国内でありながら、サンシティの外では、アパルトヘイトに基づく法律によって黒人は隔離され強制的に退去させられるという現実があった。

 1985年、スティーブ・ヴァン・ザントは「俺たちは金輪際、サンシティでは演奏しない」と歌う「サンシティ」という曲を作詞作曲した。完成した歌詞は、黒人がバントゥースタン(ホームランド)へ強制移住させられていることや、黒人に選挙権が認められていない問題等に言及して、サンシティに集うミュージシャンの欺瞞を暴くものであった。「サンシティ」に参加した音楽家は総勢で50人以上。マイルス・デイビスボブ・ディランジミー・クリフ、ボノ、リンゴ・スター等々の大物ばかりであった。4年後の1989年9月、南アの首相にデ・クラークが就任して、アパルトヘイト廃止に向けて動きはじめる。12月、デ・クラーク首相とマンデラの会談が実現、翌90年2月、マンデラは自由の身になると、94年4月の選挙に勝利して、5月には大統領に就任へと進んだ。

アパルトヘイト撤廃が重要な民主化の試みであったことは疑いえないが、同時に南アフリカが抱える民族的、経済的諸問題が帳消しになったわけでもない。サンシティではプレイしないと訴えるアメリカのミュージシャンたちの取り組みは、民主化へと向かう南アフリカを勇気づけることはできたが、同時にそれが彼らの限界でもあった。

3.ポスト-アパルトヘイト

 南アフリカ出身のNinjaとYo-Landiは、それぞれ1974年生まれと1984年生まれ、幼少期から青年期をアパルトヘイト政策下で過ごし、また同時にその撤廃を経験した世代である。すなわち、先住民を少数の白人が弾圧するという構図が、ネルソン・マンデラの戦いによってひっくり返るのを経験した世代であった。白人と黒人を平等にしなければならないという社会的な軋轢を彼ら自身、子どもの頃に見てきたわけである。

 Yo-Landiはアフリカーナであり、アフリカーンス語母語とするが、Ninjaは英語を母語とする。 アフリカーナ(Afrikaner)は比較的新しい民族であり、17世紀半ばから南アフリカに入植したヨーロッパ人の子孫が混合して形成された。1880年のボーア戦争以来、統治側のイギリス人とアフリカーナ(オランダ系入植者の子孫)は白人入植者同士で激しく対立し、その後アフリカーナの多くはイギリス系に対し経済的な弱者となる。アフリカーナは「プア・ホワイト」と呼ばれる貧困層を形成していた。当初アパルトヘイトとは、これら白人貧困層を救済し白人を保護することを目的におこなわれた。アパルトヘイト時代には、ゲルマン系の言語「アフリカーンス」(Afrikaans)語を第一言語とする白人が「アフリカーナ」とされた。アフリカーンス語は17世紀のオランダ語から派生した言語で、長いこと、オランダ語の方言と見做されていた。独立した言語として南アフリカ公用語となったのは1925年のことである。アフリカーナもアフリカーンス語も、南アフリカ生まれであり、マイノリティー民族、マイノリティー言語である。

 アパルトヘイトが終わると、アフリカーナは政治力を失った。アフリカーンス語は11ある公用言語の単なるひとつに成り下がった。アフリカ黒人やイギリス人とのなかで獲得された「地位」は過去の栄光になった。

 アパルトヘイト以降の南アフリカ共和国は、BRICSの一国であり、アフリカ諸国のなかで最も経済的発展が期待される国であると同時に、貧困問題にも悩まされている。貧困層に属するのは、黒人だけでなく、近年はアフリカーナを中心とするプアホワイトと呼ばれる白人の貧困層が再び増加している。2009年、白人人口447万人の約10%にあたる約40万人が貧困層となっている。一方で、白人は1940年頃には全人口の約20%を占めていたとされるが、1994年には13.6%、2009年には9.1%にまで低下した。アパルトヘイトの廃止以降、逆差別や失業、犯罪などから逃れるために、国外への流出が続いており、1995年以来、国外に移民した白人はおよそ80万人に及ぶ。

 このような南アフリカ共和国のプアホワイトの状況は、写真家ロジャー・バレンが南アフリカ移住後に発表したシリーズ「platteland」や代表作「OUTLAND」シリーズによって我々の記憶にも新しい。

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 ロジャー・バレンが写す南アフリカの白人たちは、かつて「サンシティ」で歌われた南アフリカの白人層とは真逆のイメージである。

4.ミンストレル・ショウ

 ダイ・アントワードを有名にした『FATTY BOOM BOOM』のPVを見てみよう。このPVは2012年にレディー・ガガを「ブチ切れさせた」ことで知られている。(オカマが演じる)レディーガガが、南アフリカ共和国ケープタウンにツアーに来るという設定。町は荒み、ハイエナやブラックパンサー、ライオン、テロリストがうろついているというアフリカへのステレオタイプに溢れている。さらにはKKK、CHOSEN1といった白人至上主義にまつわる表現にが用いられるほか、南アフリカ共和国の人種差別コミックで知られるANTON KANNEMEYERの作品を元に、ガガの股間から「パークタウン地区のエビ」と呼ばれる南アフリカ固有の害虫キングクリケットが取り出されるシーンがあったり、あるいはニッキー・ミナージュやカニエ・ウエストといったメジャーなアーティストの顔を、ヒュドラー風の悪魔的動物として描くなど表現は過激を極める。

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『FATTY BOOM BOOM』のPVは一種のミンストレル・ショウになっている。ミンストレル・ショウとは19世紀半ばにアメリカで流行した大衆芸能であり、顔を黒塗りにした複数の演者がステージ上で歌や踊り、それに短いコントなどを披露するものである。とりわけ、南部の黒人奴隷の動きを誇張する歌と踊りで人気を博したT・Dライスの「ジム・クロウ」というキャラクターは有名である。

 ダイ・アントワードの『FATTY BOOM BOOM』での試みは、「南アフリカ」の一種のパロディである。彼らは「南アフリカ」のステレオタイプを誇張する。極めて好戦的な歌詞。高揚を誘うアフリカンビート。威嚇するような激しいダンス。ブラックフェイスで表現した獣のように凶暴な黒人。白塗りで表現した赤く日焼けした差別主義的な白人。ハイエナ。ブラックパンサー。ライオン。テロリスト。PVの中の「レディーガガ」と同時にPVを見る私たちは、ケープタウンツアーでこんなウソみたいにバカバカしい光景を見させられるのだ。アパルトヘイト後の「南アフリカ」のことなんか何も知らないんだろ?と詰問されるような表現である。

 また歌詞では次のように言われる。「金はたんまり持ってるけど タダで手に入れたんじゃないよ。昔は食にありつくために 金せびって借りて 盗みもした。南アフリカってあのバカ国はあたしに目をくれもしなかったよ。海外で名を轟かせて 急にお前らは興味を持ったんだ」(My pockets r fokken swollen but nuffing jus cum 4 free I used 2 beg borrow or steal jus 2 hustle sumfing 2 eat. Souf afrika used 2 b 2 dwankie 2 notice me Suddenly u interested cause we blowing up overseaz)。

 そもそもダイ・アントワードはレディーガガのツアー「ボーン・ディス・ウェイ・ボール」を一緒に廻ってほしいという申し出を拒否していたことを明らかにしている。PVの最後では「レディーガガ」はライオンに食い殺されてしまうが、これはアメリカの音楽シーンが「南アフリカ」に興味本位で近づくと怪我するということを暗示しているのだろう。ミンストレル・ショウを楽しんでいるつもりのアメリカの音楽シーンが、いつのまにかZEFに食い殺されてしまう。

「アメリカ乗っ取って なにもかも爆撃してやるムキムキのニンジャはパワー全開だ。それでも分からないなら永遠に分からないね」(I'm taking over amerika blowing up everyfing Physically fit da ninja very energetic.If u haven't got it by now yo you never gonna get it)。

 ダイ・アントワードの野望は南アフリカから出てアメリカで成功することではない。むしろ彼らの野望は「ZEF・インヴェイジョン」であろう。