政治を歌う入れ歯、あるいはフジロックは「反体制」か?

・ 「FUJI ROCK FESTIVAL '16」

 来月開催される「FUJI ROCK FESTIVAL '16」の内容が「反体制的」だと、ネット上で話題になっている。官邸前デモにて注目を浴びたSEALDsのメンバーである奥田愛基さんが、フジロック内でのイベント「アトミックカフェ」へと出演するとのことで議論が巻き起こったようである。アトミック・カフェ・フェスティバルは、映画『アトミック・カフェ』の上映運動に由来するフェスティバルで、日本で1984年に開始された。「音楽を通じて反核脱原発を訴えていく」がテーマのイベントで、1980年代には加藤登紀子浜田省吾、宇崎竜童、尾崎豊、ザ・ブルーハーツルースターズ、エコーズ、 BOØWYらが出演していた。1980年代の最後の開催は1987年であったが、2011年のフジロック・フェスティバルにて復活するという経緯のイベントだ。以下の記事では、奥田さんにかぎらず、ミュージシャンが政治的発言をすることの是非が問われているようだ。

 

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・入れ歯からやってきたウッドストック音楽祭

 

 無論、「ロックフェスというのはそもそも反体制的なものだ」と考えるのが、ここでとりあげられた「ネットの声」に対する常識的な反応のひとつであろう。しかし、現在でも「ロックは反体制的でありうるのか」と問われれば、われわれは容易に首を縦に振ることはできないのではないだろうか。

 そもそも「ロック」と「反体制」を結び付ける決定的な出来事は、ウッドストック音楽祭だろう。51万人近くが集ったといわれるウッドストック音楽祭は、1960年代アメリカのカウンターカルチャーを象徴する歴史的なイベントとして語り継がれている。

 ところで、「反体制」をうたうウッドストック音楽祭の資金源はどこからきていたのだろうか? このことに疑問に思ったことはないだろうか。「反体制」をうたうイベントであるからには、「大企業」に支援してもらうことは建前上不可能だからだ。結論から言えば、「政治の季節」を象徴する歴史的一大イベントは、「おじいちゃんの入れ歯」からきている。

 ウッドストック音楽祭を開催するための資金は、企画者のひとりであるジョン・ロバーツという若き富裕者が出したと言われている。しかし何故彼は若くしてそんなにも大金持ちになることができたのか? なんと彼は、あの入れ歯の「ポリデント」で大もうけした会社、Block Drugの創設者であったAlexander Blockの息子であり、21 歳の誕生日に40 万ドルの遺産を相続し、その後 3 回に分けて300 万ドルを受け取ることになっていたのだ。ウッドストック音楽祭はそのジョン・ロバーツの資金を元手にして開催されたのだ。あのジミ・ヘンドリックスの伝説的パフォーマンスや、激動の政治的興奮は、実は「ポリデント」に支えられていたといっても過言ではない。

 しかし、重要なのはここからである。ウッドストック音楽祭はアンダーグラウンドを通じた宣伝によって、ヒッピーのイベントとしての音楽祭を演出しようとしたことが知られている。ところでこの意図は、ウッドストック音楽祭の運営会社であるthe Woodstock Ventures創設者 4 名のうち、マイケ ル・ラングとアーサー・コーンフェルドの 2 人だけしか広報に現れたなかったことにもうかがえる。 彼ら 2 人はウッドストックと「体制との関係を見せたくない」という理由から、出資者の ジョン・ロバーツとジョエル・ローゼンマンの名を削除したのだった。ウッドストック音楽祭の「反体制性」というのは、このような意図的な経済的問題の隠蔽によって成り立っていたと言えるのだ。しかし、これは裏を返せば、当時の政治的状況から判断して、あえてそうしたからこそ、これほどの「政治的」効果を生んだとも言える。

 

スターバックス襲撃事件

 

 1999年、アメリカ西海岸の港町シアトルで開かれたWTO(世界貿易機関)の閣僚会議をめぐり、会議に反対するために10万人もの市民団体が集まり、デモ行進が暴動にまで発展したというニュースは、広く知られている。彼らの主張は、「貿易規制の撤廃が話し合われることになっているこの会議は、環境や労働者の権利の保護を損なうものだ」というものであったが、しかし、そのような問題の内実よりも、当時皆の目にとまったのは、この暴動がマクドナルドやスターバックスを「資本主義の権化」だと罵倒して、打ち壊している光景だった。

 

http://media.gettyimages.com/photos/protesters-break-and-trash-a-starbucks-coffee-shop-during-widespread-picture-id51534324

 

 もはやこの時、政治的闘争は完全に象徴的なレベルで行われているのは明らかだ。はっきり言えば、この時マクドナルドやスターバックスが「現実にどれだけの経済的搾取を行っているか」ということは彼らにとって問題ではなかった。スターバックスは「現実に行っている搾取」をとがめられて襲撃されたのではない。それが「資本主義」の「象徴」だったから襲撃されたのだ。

 したがって、スターバックスウッドストック音楽祭の経営者、ジョン・ロバーツから学ぶべきことは多い。今後スターバックスが襲撃されないためには、スターバックスは次のことを肝に銘じるべきだ。ジョン・ロバーツがおじいちゃんの入れ歯を反体制的にしたように、キャラメルフラペチーノを反体制的にせよ‼

 

サウスパークで考える

 

 コロラド州の小さな町サウスパークを舞台に主人公の少年4人が騒動を起こし巻き込まれるコメディ・アニメである『サウスパーク』(South Park)は、過激な描写や痛烈な社会風刺、ブラックジョーク、有名映画・ドラマのパロディが特徴として知られる。その『サウスパーク』のシーズン19で論じられたテーマのひとつは、大企業は今や「政治的な正しさ」に投資し、「リベラルなイメージ」から収益を上げているということであった。「ポリティカル・コレクトネスは言語的なジェントリフィケーションである」というセリフがよく象徴するように、「政治的問題」は企業のイメージアップのために骨抜きにされ、ファッション化される。「反体制性」は市場論理に合う形に漂白され、本来的な問題点は忘れ去られてしまうことが危惧されるのだ。

 このような「政治的正しさ」への投資の例としては、カナダ五大銀行のひとつであるTD Bankが、モントリオールでのゲイパレードのスポンサーになっている件や、ロレアルの#WorthSayingキャンペーン、Whole Foodsが運営する非営利団体Whole Planet Foundationの活動など枚挙に暇がない。無論これらの活動が「悪い」ということではないが、現代においては一見「政治的活動」に見える「経済活動」が多く存在しているということに、気を配っておく必要がある。もはや大企業は「資本主義」の「象徴」であることをやめ、「リベラル」な服装でストリートを歩く。現代を生きるわれわれは、「反体制的なキャラメルフラペチーノ」をいかに評価するか?という困難な問いの前に立たされているのだ。

 

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フジロックは「反体制的」か?

 

 さて、冒頭の問題へと戻ってきた。今われわれは、「反体制的」であると非難される「フジロック」が、本当には、「反体制的」であるか否か?という問いの前にいる。その答えはノーだ。少なくとも「出資者の ジョン・ロバーツとジョエル・ローゼンマンの名を削除した」ウッドストック音楽祭の基準から言えばノーなのだ。

 

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 「フジロック」のオフィシャルスポンサーには、ソニーをはじめとする多くの大企業が名を連ねている。ウッドストックに集まったヒッピーであれば「体制的」とブーイングするであろうこのような状況であっても、現代においては「反体制的」と言われてしまう。

 しかし、この時見逃してはならないのは、「フジロック」が「反体制的」になれるのは、それが企業の経済活動だからでもあるというジレンマだ。『サウスパーク』から再度引用するならば、「この世で生き残れるのは、広告のみである」。ロックは企業活動の外を歌うことができるのだろうか。「反体制的なロック」とは、現代において何を意味するのだろうか。

 

DIE ANTWOORD と南アフリカ

1.Die Antwoordとはだれか? 

 ダイ・アントワード(Die Antwoord)は、南アフリカケープタウン出身のラップグループ。2008年結成。リードラッパーのNinja、サイドラッパーのYo-Landi Vi$$er、DJのDJ Hi-Tekの三人で構成されている。歌詞はコーサ語、アフリカーンス語、英語で歌われる。無料で公開されたデビュー作『$O$』が評価され、これをきっかけに2010年にガガやエミネムらを抱える米メジャー・レーベル、Interscope Recordsと契約。翌年にはInterscopeを離れて自主レーベル Zef Recordzを立ち上げた。

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 アフリカの貧困白人層から生まれたカウンター・カルチャー ‘Zef’ を代表する彼らの世界観は、ダークかつファンタジック。写真家ロジャー・バレン(1950、ニューヨーク生まれ)と共同で制作された「I Fink U Freeky」のミュージック・ビデオは、動画サイトYouTubeでの視聴回数が5千万回を突破し、メジャーな価値観や美意識を笑うかのような独特のセンスが大反響をよんだ。 エイフェックス・ツイン、レッドホットチリペッパーズ、マリリン・マンソン等の大物ミュージシャン、モデルのカーラ・デルヴィーニ、デザイナーのアレキサンダー・ワンなどとの共演でも話題を集める。また映画界にもデヴィッド・リンチデヴィッド・フィンチャーなど彼らに注目するものは多い。また『第9地区』で有名なニール・ブロムカンプが撮った『チャッピー』に、ダイ・アントワードは主演で出演している。

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 ‘Zef’とは、南アフリカの貧困白人層から生まれたカウンター・カルチャーであり、アフリカーンス語スラングである。この語は本来common(ありふれた)や uncool (イケてない)といった意味を持つが、そのような自分達を言及する際の用語として、‘Zef’は自己肯定的に使用される。Yo-Landiの言葉を借りれば、‘Zef’とは 「車を改造したり、金ピカとかクソみたいなものをぶらぶらさせてる人々のこと」で、「自分のスタイルがあるから、貧乏だけとファンシーだったりセクシーだったりするような人々のこと」だそうだ("It's associated with people who soup their cars up and rock gold and shit. Zef is, you're poor but you're fancy. You're poor but you're sexy, you've got style.")。

 ダイ・アントワードは、音楽シーンを成り上り、南アフリカから音楽シーンの地殻変動を起こしている。 

2.アーティスト・ユナイテッド・ アゲンスト・アパルトヘイト

 アメリカの音楽シーンにおいて南アフリカが注目を浴びたことはダイ・アントワードのヒット以前にもあった。獄中にあったネルソン・マンデラを支援する反アパルトヘイトで結集した音楽家たち(アーティスト・ユナイテッド・アゲンスト・アパルトヘイト)による『サンシティ』がそれである。

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 サンシティとは、1979年12月にオープンした南アフリカ共和国の北東部にある高級リゾート地の名称である。そこは、南アフリカ内外の白人富裕層が余暇を楽しむための場所であった。サンシティには欧米の一流ミュージシャンが来訪し、白人のために演奏し、高額のギャラを得ていた。一方、同じ南アフリカの国内でありながら、サンシティの外では、アパルトヘイトに基づく法律によって黒人は隔離され強制的に退去させられるという現実があった。

 1985年、スティーブ・ヴァン・ザントは「俺たちは金輪際、サンシティでは演奏しない」と歌う「サンシティ」という曲を作詞作曲した。完成した歌詞は、黒人がバントゥースタン(ホームランド)へ強制移住させられていることや、黒人に選挙権が認められていない問題等に言及して、サンシティに集うミュージシャンの欺瞞を暴くものであった。「サンシティ」に参加した音楽家は総勢で50人以上。マイルス・デイビスボブ・ディランジミー・クリフ、ボノ、リンゴ・スター等々の大物ばかりであった。4年後の1989年9月、南アの首相にデ・クラークが就任して、アパルトヘイト廃止に向けて動きはじめる。12月、デ・クラーク首相とマンデラの会談が実現、翌90年2月、マンデラは自由の身になると、94年4月の選挙に勝利して、5月には大統領に就任へと進んだ。

アパルトヘイト撤廃が重要な民主化の試みであったことは疑いえないが、同時に南アフリカが抱える民族的、経済的諸問題が帳消しになったわけでもない。サンシティではプレイしないと訴えるアメリカのミュージシャンたちの取り組みは、民主化へと向かう南アフリカを勇気づけることはできたが、同時にそれが彼らの限界でもあった。

3.ポスト-アパルトヘイト

 南アフリカ出身のNinjaとYo-Landiは、それぞれ1974年生まれと1984年生まれ、幼少期から青年期をアパルトヘイト政策下で過ごし、また同時にその撤廃を経験した世代である。すなわち、先住民を少数の白人が弾圧するという構図が、ネルソン・マンデラの戦いによってひっくり返るのを経験した世代であった。白人と黒人を平等にしなければならないという社会的な軋轢を彼ら自身、子どもの頃に見てきたわけである。

 Yo-Landiはアフリカーナであり、アフリカーンス語母語とするが、Ninjaは英語を母語とする。 アフリカーナ(Afrikaner)は比較的新しい民族であり、17世紀半ばから南アフリカに入植したヨーロッパ人の子孫が混合して形成された。1880年のボーア戦争以来、統治側のイギリス人とアフリカーナ(オランダ系入植者の子孫)は白人入植者同士で激しく対立し、その後アフリカーナの多くはイギリス系に対し経済的な弱者となる。アフリカーナは「プア・ホワイト」と呼ばれる貧困層を形成していた。当初アパルトヘイトとは、これら白人貧困層を救済し白人を保護することを目的におこなわれた。アパルトヘイト時代には、ゲルマン系の言語「アフリカーンス」(Afrikaans)語を第一言語とする白人が「アフリカーナ」とされた。アフリカーンス語は17世紀のオランダ語から派生した言語で、長いこと、オランダ語の方言と見做されていた。独立した言語として南アフリカ公用語となったのは1925年のことである。アフリカーナもアフリカーンス語も、南アフリカ生まれであり、マイノリティー民族、マイノリティー言語である。

 アパルトヘイトが終わると、アフリカーナは政治力を失った。アフリカーンス語は11ある公用言語の単なるひとつに成り下がった。アフリカ黒人やイギリス人とのなかで獲得された「地位」は過去の栄光になった。

 アパルトヘイト以降の南アフリカ共和国は、BRICSの一国であり、アフリカ諸国のなかで最も経済的発展が期待される国であると同時に、貧困問題にも悩まされている。貧困層に属するのは、黒人だけでなく、近年はアフリカーナを中心とするプアホワイトと呼ばれる白人の貧困層が再び増加している。2009年、白人人口447万人の約10%にあたる約40万人が貧困層となっている。一方で、白人は1940年頃には全人口の約20%を占めていたとされるが、1994年には13.6%、2009年には9.1%にまで低下した。アパルトヘイトの廃止以降、逆差別や失業、犯罪などから逃れるために、国外への流出が続いており、1995年以来、国外に移民した白人はおよそ80万人に及ぶ。

 このような南アフリカ共和国のプアホワイトの状況は、写真家ロジャー・バレンが南アフリカ移住後に発表したシリーズ「platteland」や代表作「OUTLAND」シリーズによって我々の記憶にも新しい。

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 ロジャー・バレンが写す南アフリカの白人たちは、かつて「サンシティ」で歌われた南アフリカの白人層とは真逆のイメージである。

4.ミンストレル・ショウ

 ダイ・アントワードを有名にした『FATTY BOOM BOOM』のPVを見てみよう。このPVは2012年にレディー・ガガを「ブチ切れさせた」ことで知られている。(オカマが演じる)レディーガガが、南アフリカ共和国ケープタウンにツアーに来るという設定。町は荒み、ハイエナやブラックパンサー、ライオン、テロリストがうろついているというアフリカへのステレオタイプに溢れている。さらにはKKK、CHOSEN1といった白人至上主義にまつわる表現にが用いられるほか、南アフリカ共和国の人種差別コミックで知られるANTON KANNEMEYERの作品を元に、ガガの股間から「パークタウン地区のエビ」と呼ばれる南アフリカ固有の害虫キングクリケットが取り出されるシーンがあったり、あるいはニッキー・ミナージュやカニエ・ウエストといったメジャーなアーティストの顔を、ヒュドラー風の悪魔的動物として描くなど表現は過激を極める。

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『FATTY BOOM BOOM』のPVは一種のミンストレル・ショウになっている。ミンストレル・ショウとは19世紀半ばにアメリカで流行した大衆芸能であり、顔を黒塗りにした複数の演者がステージ上で歌や踊り、それに短いコントなどを披露するものである。とりわけ、南部の黒人奴隷の動きを誇張する歌と踊りで人気を博したT・Dライスの「ジム・クロウ」というキャラクターは有名である。

 ダイ・アントワードの『FATTY BOOM BOOM』での試みは、「南アフリカ」の一種のパロディである。彼らは「南アフリカ」のステレオタイプを誇張する。極めて好戦的な歌詞。高揚を誘うアフリカンビート。威嚇するような激しいダンス。ブラックフェイスで表現した獣のように凶暴な黒人。白塗りで表現した赤く日焼けした差別主義的な白人。ハイエナ。ブラックパンサー。ライオン。テロリスト。PVの中の「レディーガガ」と同時にPVを見る私たちは、ケープタウンツアーでこんなウソみたいにバカバカしい光景を見させられるのだ。アパルトヘイト後の「南アフリカ」のことなんか何も知らないんだろ?と詰問されるような表現である。

 また歌詞では次のように言われる。「金はたんまり持ってるけど タダで手に入れたんじゃないよ。昔は食にありつくために 金せびって借りて 盗みもした。南アフリカってあのバカ国はあたしに目をくれもしなかったよ。海外で名を轟かせて 急にお前らは興味を持ったんだ」(My pockets r fokken swollen but nuffing jus cum 4 free I used 2 beg borrow or steal jus 2 hustle sumfing 2 eat. Souf afrika used 2 b 2 dwankie 2 notice me Suddenly u interested cause we blowing up overseaz)。

 そもそもダイ・アントワードはレディーガガのツアー「ボーン・ディス・ウェイ・ボール」を一緒に廻ってほしいという申し出を拒否していたことを明らかにしている。PVの最後では「レディーガガ」はライオンに食い殺されてしまうが、これはアメリカの音楽シーンが「南アフリカ」に興味本位で近づくと怪我するということを暗示しているのだろう。ミンストレル・ショウを楽しんでいるつもりのアメリカの音楽シーンが、いつのまにかZEFに食い殺されてしまう。

「アメリカ乗っ取って なにもかも爆撃してやるムキムキのニンジャはパワー全開だ。それでも分からないなら永遠に分からないね」(I'm taking over amerika blowing up everyfing Physically fit da ninja very energetic.If u haven't got it by now yo you never gonna get it)。

 ダイ・アントワードの野望は南アフリカから出てアメリカで成功することではない。むしろ彼らの野望は「ZEF・インヴェイジョン」であろう。

 

テン年代の新しいサブカルチャー Vaporwaveとは何か?

 2010年以降、インターネット・アンダーグラウンドシーンに現れた新しい音楽ジャンルであるVaporwave。CDショップのような既存のディストリビューションネットワークを回避して伝搬するこのサブカルチャーついては、一部の音楽好きを除いては未だ知られることが多くないのではないだろうか。「Vapor(蒸気)」のように実態を把握しがたいこのムーブメントについて、本記事では5つのポイントから紹介してみたいと思う。

 

1.源流

 Vaporwaveは2011年頃に、Turntable.fmのようなインターネット上のコミュニティサイトから生まれた。2013年になると、類似のコミュニティサイトである BandcampやSoundCloud上の多くの匿名アカウントによってこのムーヴメントは広がりを見せた。彼らの音楽性に共通していたのは、第一に、80年代後半から90年代ごろのスムースジャズやラウンジミュージック、さらにはミューザクをサンプリングソースとしていることである。ミューザクとはサウスカロライナ州フォートミルの会社であり、彼らは小売店等でBGMとして使用される音楽を配給している。第二に、既存のディストリビューションネットワークを回避するDIY的側面、アプロプリエーション、ローテク、ローレゾ感といったパンクとの類似性である。そして第三に、高度資本主義社会における消費文化とデジタル文化、そして80年代ヤッピー文化に対するアンビヴァレントな自意識である。

 

2.代表的アーティスト

①James Ferraro

 James Ferraroはニューヨーク・ブロンクス生まれの音楽プロデューサーであり、Vaporwaveの起源と言われている。とりわけこの観点から注目すべき作品は、2011年のFar Side Virtualである。

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 Far Side Virtualはデジタル音源とヴァイナル音源でHippos in Tanksというレーベルから発売された。ショッピングモールや食料品店向けのBGMとして作曲された音源、レトロなコンピューター機器で用いられたサウンド、さらにはスカイプのログイン音やウィンドウズのシャットダウン音をサンプリングソースとしながら、本作は都市生活におけるキッチュ感覚とディストピア的不安感を両立させた一種のサウンドスケープとなっている。

 FerraroはFar Side Virtualをガレージバンド*1を用いて作曲しており、このことからもVaporwaveへの参入障壁の低さがうかがえる。

 またFar Side Virtualのジャケットには、ipadに投影された低解像度のグーグルストリートビュー越しに見られる町の風景が広がっている。このような現実とヴァーチャルが反転するモチーフの採用は、ジャン・ボードリアールのシミュレーション論を思い出させる。ボードリアールとはフランスの思想家で、『消費社会の神話と構造』(La Société de Consommation 1970)は現代思想に大きな影響を与え、ポストモダンの代表的な思想家とされる。こういうと一見80年代の流行おくれの「ポストモダン」のようにも見えるが、もはや80年代へのノスタルジーを感じることのない若い世代のデジタル・消費社会的感性が、80年代的「ポストモダン論」と意外なところで共鳴したといえる。このようなアナクロニスム的な美学は、Vaporwaveムーブメントに共通する美学であると言えるだろう。実際、Ferraroは次の記事の中でボードリアールに言及している。

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 さらに、音楽ライターの Adam Harperは、思弁的実在論との関係から近年言及されることも多いNick Landの accelerationismとの関係からも、Vaporwaveムーブメントについて考えている。(Adam Harperの言及へのリンクは最下段にアリ)。

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② Vektroid

 Vektroidはオレゴン州ポートランドを本拠地に置くミュージシャンである。Macintosh Plus, New Dreams Ltd, PrismCorp Virtual Enterprises, Laserdisc Visions, 情報デスクVIRTUALなどの多くの名前を持つ。

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 彼女(彼?)*2の作品のなかでとりわけ興味深い点は日本語の使用である。彼女の代表作の一つでもあるMacintosh Plus名義での『フローラルの専門店』は、 Beer on the Rugというレーベルからリリースされた。このアルバムは全ての曲名が日本語で(しかしながら意味不明な)でつけられている。

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 サウンド面での特徴は、Chopped and screwedと呼ばれる手法の多用である。この技法は1990年代のヒューストンのヒップホップシーンに由来する。screwedとはサンプリング元の楽曲のテンポをBPM70~60ぐらいまでへと極端に下げることで、音が「ねじれて(=Screw)」聞こえるようにすることを意味する。レコードの回転速度を落とし間延びさせることにより陶酔感を生み出すのだ。DJscrewがこの技法のパイオニアである。『フローラルの専門店』ではこの手法がヒップホップの枠を超えて、スムースジャズなどのサンプリングソースに施されている。

 

3.ヴィジュアル

 Vaporwaveカルチャーでは、日本のアニメキャラクターや企業ロゴといった日本的イメージのパスティーシュが散見される。パスティーシュとは元来は文体模倣のことであるが、文芸批評家フレドリック・ジェイムソンによって、80年代~90年代にかけての「ポストモダン」文化あるいは高度資本主義社会文化のキーワードとされた。類似概念である「パロディ」が模倣対象に対する「皮肉」によって成立するのに対し、「パスティーシュ」ではそのような攻撃的要素が前景化することがないのが特徴である。また、90年代初頭のローテクCGといった画質の粗い映像を適当につなぎ合わせたMVなどもそのヴィジュアルの特徴である。

 例えばこちらもVaporwaveを代表するアーティストであるInternet clubのアルバムジャケットを見てみると、レトロ未来的なアートワークが多くみられる。

internetclub.bandcamp.co

 『世界から解放され』という作品のアートワーク(というかパスティーシュ)。

http://f1.bcbits.com/img/a3735408238_16.jpg

 

4.派生ジャンル

 Vaporwaveには既に派生ジャンルが存在している。

①Seapunk

 こちらは消費社会のイメージよりも海洋のイメージが中心となる。しかしChopped and screwedであったり、90年代初頭のCGへの偏愛という点についてはVaporwaveに非常に近い。代表的アーティストはUltra demon。

 

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②Witch house

こちらはThe Blair Witch ProjectやTwinpeeksのようなオカルト的なイメージが特徴。

 

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5.まとめ

 音楽ライターの野田努はVaporwaveについて次のように述べている。「PCは、現代的な道具であると同時に道具以上の幻想をふくらませる。それがゆえに良識的な大人からは害毒のひとつとも見られている。とくに近年は、インターネット、SNSの中毒性、つながりの強迫観念、依存性の精神的なリスクを指摘する声も少なくない。他方では、PCには精神的にまったく醒めながら、それを玩具として遊んでいる連中もいる。チル、クラウド、ヴェイパー......は後者にいる。マス・プロダクト、マス・セールをポップだと信じ込んでいる人には彼らの音楽は反ポップだが、俗物(ゴミ)を無邪気な遊びにしてしまうことをポップとするならこれは今日的なポップである」。

 

www.ele-king.net

 

 ヴェイパーウェイヴの非‐作品性は音楽の終焉ともいうべき時点に立っているが、この終焉がヴェイパーウェイヴにとっては重大な問題に映らないということが、彼らの美学を支えている。彼らはこの運動が短命であることを自覚しているが、同時にそれが運動となり、歴史に刻まれること自体に意味を見出さないという部分も重要な側面ではないだろうか。

 

*1:プロのミュージシャンでなくとも簡単に音楽制作ができるように、という目的で開発されたソフトウェアであり、視覚的に理解しやすいようなユーザインタフェースとなっている。

*2:ネカマではないかとの噂がある。